屋久島編 15 縄文杉登山 -(10)あとは帰るだけ…なのに

 午後4時近く。荒川登山口まで無事に戻ってきた。朝の6時30分にスタートして約8時間の行程。「よくやった。自分。」とほめた。
満杯で入れなかった駐車場には空きがたくさんできていた。周りには2、3人しか見当たらなかった。登山口から離れた場所に車を止めたため、(もう少し…)と自分を励ましつつ歩いた。
車のドアを開けて、暑い車内を少しでも冷まさせながらトレッキングシューズを脱いでスニーカーに履き替えた。

 これから肝心な下山連絡をしなくてはならない。
携帯は圏外で使えないからふもとまで下りてからしようと思っていた。下山予定時刻を午後5時30分にしておいたし、十分間に合う時刻である。
車のエンジンをかけるためにキーを回す。
「…」
かからない。何度もキーを回してみたけれど何の反応もしなかった。
ふと、ライトのスイッチを触ってみたら、つけっぱなしだった。バッテリーがあがってしまったのだった(蒼白)。
ブースターケーブルはない。あってもどうやるのか知らない。
レンタカーの事務所に電話しようと思ったが、登山口に公衆電話はなかった。最も近い公衆電話まで歩いて20分の距離である。こうなったら誰かに頼むしかない!
また登山口へと向かい、頼れそうな人を探した。トイレの前に夫婦らしき2人がいたのだけれど、なんとなく声をかけづらかった。(人見知りしてる場合か!)

 いったん、車まで戻った。もしかしたらと思ってもう一度エンジンをかけてみたがやっぱりダメだった。無駄とはわかっているけれど、ボンネットを開けてバッテリー液が混ざるように車体を揺らしてみた。「えいっ!」と体重をかけると、ボンネットを棒で支えていなかったため、弾みでボンネットが落ちた。
「ごん。」と音をたてて頭に当たった。自分が情けなくなってきた。
しかし、あきらめ悪くもう一度キーを回してみると、「ポンポンポンポン…」とちょっとだけ警告音が鳴った。しかし、エンジンがかかることはなかった。

 太陽はまだまだ高く、暑かった。落ち着こうと思い車の傍でひと休憩した。

 午後4時30分。再度登山口へ行ってみた。さっきより多くの人たちが帰り支度をしていた。私は思い切って年齢が同じようなカップルに声をかけた。
「あの、すいませんっ。」
「はい?」
「私の車、バッテリーがあがっちゃって動かなくなっちゃったんです。」
「あー、レンタカーなのでケーブルないんですよ。ガイドさんだったら持ってると思うんですけど…」と関西弁の彼氏の方が答えた。
ガイドさんのグループはその時はまだ到着していなかった。
ガイドさんたちを待ってる時間はないと思ったのでなんとかお願いをした。
「レンタカー事務所に連絡をしたいので、近くの公衆電話まで乗せてってもらえませんか?」
すると彼は「いいですよ。支度するまでちょっと待ってください。」と快諾してくれた。
こうして、徒歩なら20分かかるところを車で乗せていってもらった。

「縄文杉みてきました?」
「はい!想像以上でした。」と彼女の方と二言三言交わしている間に「荒川分かれ」に着いた。ここに公衆電話が設置されている。
2人にお礼を言って別れた。
ここにはバス停もあるのだが、この時点で私は気付いていない。

 ここで気づいた。レンタカー事務所の電話番号を知らなかった。契約書もすべて車の中に置きっぱなしだ。車のキーにも書いてなかった。とりあえず観光案内所に下山連絡をしてついでに番号を教えてもらおうと電話機に100円玉を入れた。
すると「カシャン」と音をたてて返却口に出てきてしまった。
あきらめて10円玉でやってみた。しかし、ダイヤルボタンを押している最中に出てきてしまうのである。何度やり直しても最後までダイヤルできずに10円玉は戻ってきてしまった。 電話の下には配線がむき出しで見えていて、その中のスイッチが「カチッ」と鳴ると切れてしまうようだった。
(どうしよう!)
携帯も相変わらず通じなくて青ざめていたら、さっきお礼を言って別れたはずの2人が待ってくれていた。彼女のほうが車から降りてきて、
「連絡つきました?ふもとまでいっしょに行きましょうか?」とすごく親切に訊いてくれた。
とてもうれしかった。それなのに私は「もうこの2人のジャマをしちゃいけない」と変な思い込みをしてお断りしてしまったのである。
「いえ、もう大丈夫ですから!」
本当に大丈夫か心配そうな顔をしてくれているのに挙句、
「もしダメでもまた上から降りてきた人を捕まえますから。ホント大丈夫です。ありがとうございます。」と、たいへん失礼な事を言ってしまった。
彼女が「それじゃ…」といって車へ戻っていくのをヘラヘラ笑顔で見送り、2人は山を下りていった。

 あの時の2人にお礼を言いたいけれど名前を訊くこともできなかった。親切にしてくれて本当にありがとうございました。

 差し伸べてくれた手を振り払ってしまい、ひとり残った私はなんとか下山連絡をしなきゃと公衆電話と格闘していた。

 午後5時過ぎ。下山連絡をしようと10円玉を入れなおしては電話をかけ続けて、やっと呼び出し音が聞こえた。
観光案内所のおじさんが電話口に出た。切れないうちに早口で名前と下山報告をした。そして、レンタカー事務所の番号をきくと、おじさんは電話帳で調べてくれた。
「ちょっと待ってね。」(ちゃら、らら、らららーん…♪)保留音。
「カチッ」電話の下の配線の音。
「プッ、ツーツーツー…」切れた。

 予定時間内に下山連絡は済んだ。しかし、安房まで車で40分の山の中で立ち往生中である。もしこのまま遭難しても下山したことになっているから助けはこない。
(落ち着け、落ち着け。)
もう一度電話の前へ行く。100円玉はやはり使えない。10円玉でもかからなくなってしまった。残る手段は110番ボタン。あきれられることを覚悟して警察に電話した。

「あなたの車のナンバーは?」当然といえば当然の質問だった。そういえば、レンタカーのナンバーさえ見ていなかった。
「ちゃんと覚えておこうね。」と注意されてしまった。
レンタカー事務所の番号を訊いたら、
「本当はこういうことのために警察を利用しちゃだめなんだからね。でもあなた困ってるようだから特別にね。」と番号を教えてくれた。
電話番号を手に入れ、お礼を言って受話器を置いた。
電話の隣に目をやると、そこには「タウンページ」が置いてあった。
「!!!」
どれだけ自分が混乱していたかわかるが、脱力である。

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